レキシ 対 オシャレキシ 〜お洒落になっちゃう冬の乱〜


往年の特撮映画を彷彿させるポスターは、大げさでもなんでもなかった!レキシと上原ひろみ。自由なマインドを持った音楽家同士が、がっぷり四つに組むこのツアーが発表されたのは、2014年8月の日本武道館初ワンマン終演後のことだった。音楽だけにとどまらず、笑いも感動もすべてを引っ括めたエンタテインメントとしてのレキシを見事に表現しきった武道館ワンマンの後だけに、この“レキシ 対 オシャレキシ”がどういうライヴになるのかもまったく想像できないでいた。しかし、ツアー最終日となった東京公演は、まさしく「レキシの新たなる1ページ」を刻んだ夜となった。

湾岸エリアに最近オープンした豊洲PITは、そのシンプルな造りからかライブハウスというよりも、大きな体育館のようにも見える。熾烈なチケット争奪戦を勝ち抜いた3,100人がフロアをぎっしりと埋め尽くし、ここでどんなスペクタクルが巻き起こるのかと熱い期待が会場中に充満していた。客電が落ち、ホラ貝が鳴る。御館様を筆頭とするバンドメンバーの5人がステージに登場。今回の戦を支える家臣は、健介さん格さん (ギター)、御恩と奉公と正人 (ベース)、蹴鞠Chang (ドラムス)、元気出せ!遣唐使 (ピアノ&コーラス)といった盤石の布陣だ。「ついにこの日がやって来てしまいました。将軍様のお膝元です!」と、ホームである東京での決戦に、意気込みを示した。が、今思えば、その直後に池ちゃんがシャウトした「最後まで、レキシのこと忘れないでね!」というフレーズは、その後の展開を暗示していたようでもあった……。

1曲目は、なんと「狩りから稲作へ」。いつもなら終盤に演奏されることが多いこの曲が初っぱなから披露されるだけでも、このツアーの特異さを感じ取れる。お約束の♪暮らし安心〜!クラシア~ン!のコール&レスポンスで客席のボルテージも跳ね上がり、いよいよ健介さん格さんのギターソロがはじまったところで、ステージ下手から“くノ一”のような俊敏さで、ピアノに向かって猛ダッシュしてくる人影が。そのまま鍵盤に感情を叩き付けるような演奏で、一気に空気を変えてしまったその人こそが、オシャレキシこと上原ひろみだった!カッコよすぎる登場とエモーショナルな即興で、すべてのオーディエンスのハートを奪ってしまったオシャレキシ。その早業に、池ちゃんも呆然とするばかりだ。しかも即興で乱入するだけでなく、レキシのバンドメンバーたちも統率しはじめようとするオシャレキシ。このままではステージごと乗っ取られてしまうと危機感を覚えた池ちゃんが仲間であるメンバーに注意して回るも、オシャレ化の勢いは止まらない。オシャレキシが仕掛けるブレイクやキメのフレーズに、バンドメンバーも呼応しはじめ、馴染みのあるアレンジがどんどんジャズ色に染め上げられていく (ちなみに、レキシではジャズっぽい雰囲気を「オシャレ」と称しているようだ)。ほんの数分の出来事で鮮やかにバンドを乗っ取ってしまったオシャレキシを、なんとかステージから一旦追い出すことができた池ちゃん。波瀾の幕開けとなってしまったが、2曲目「姫君Shake!」であらためて仕切り直そうとするも、今度は上原が“オシャレキシ”と堂々と書かれた幟を掲げながら、TAKE島流し (サックス&フルート)、ほっぺた犯科帳 (トランペット)からなる“黒船ホーンズ”を従えて再びステージに乱入。ピアノに向かったオシャレキシがカウントを取ると、軽快なロックンロールの「姫君Shake!」が、小粋なスウィングへと変貌したアレンジで演奏がはじまってしまう。これには我慢ならないと、池ちゃんはボーカルを取ることをボイコットしようとするも、根負けして渋々歌いはじめる。間奏に入ると、オシャレキシとメンバー一人一人が、スリリングな掛け合いを展開。世界を股にかけて活躍するジャズ・ピアニストに触発され、普段はロック/ポップス畑で活躍することの多いレキシのメンバーたちも、アドリブ力を存分に発揮したソロを聴かせていく。そんなミュージシャン同士が音楽で会話しているような光景を横目で眺めていた池ちゃん、「ぶつかり稽古か!」とツッコミながらスネる一幕も。

この冒頭の2曲を観て筆者の頭をよぎったのは、スパイク・ジョーンズやフランキー堺とシティ・スリッカーズ、ハナ肇とクレイジーキャッツから連綿と続く冗談音楽の系譜だ。池ちゃんが牽引する、しっかりと作り込まれた良質の音楽コントのような構成と、その隙間を縫うように織り込まれる瞬発的なアドリブ感覚の二面性。そうした構造を屋台骨的に支え、コミカルさを際立たせるのが、バンド・メンバーたちの音楽家としての抜群のセンスと演奏力。そんなレキシのパフォーマンスの構造が、上原ひろみというガチで世界を渡り歩くジャズ・ピアニストをフィルターにすることで、より際立って見えてくる。レキシとザ・ドリフターズの関連性が指摘されることはよくあるが、レキシの音楽は無意識のうちに、さらにその先にあったルーツに近づいていたんじゃないだろうか。