レキシチ楽曲解説

 2022年、リアル歴史も大きな出来事が続く令和四年。レキシの七枚目のアルバム『レキシチ』がお目見えを果たす。江戸時代であれば参勤交代にはちょいと間に合わない約三年六ヵ月ぶりとなるリリース。先に世の中を湧かした「ギガアイシテル」(『映画クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』主題歌)を旗頭に全十曲のレキシ・ポップス、レキシ演戯が収められている。
 その「ギガアイシテル」は、コロナ禍によって映画公開と音源リリースが延期された、まさに2020年代のレキシを物語る1曲。約三年六ヵ月ぶりという年月には、やはりコロナ禍の影響はあったのだろうか。
「一番大きかったのはライブができないということでしたね。やっぱりライブあってのレキシです。ツアーができる、そこに向かってアルバムを作るというスタンスでいたかった。もうひとつは自分のペースで作ることを優先させたいという気持ち。周りの都合でペースを決められることには異議を唱えてきた派ですから」と語るお館様ことレキシの池田貴史。マイ・ペースとはいえ、曲のテーマや気になるフレーズは常日頃からストックし続けるレキシ・スタイルはコロナ禍にあっても変わらなかったという。
「普段から割と家にいるタイプなので、特にステイホーム期間でも生活自体に変わりはなかったんだけど、ライブがなくなった分の時間で映画の『男はつらいよ』を全部観なおしたりしていましたね。ビーフジャーキーとアイス珈琲をお供に。映画とか音楽とか、好きなものを何度も繰り返して観たり聴いたりするんですよ。あと、これまでの自分の曲もけっこう聴く(笑)。リリースされてるもの意外にも今までのデモ音源とかも。それを観たときの感動とか、その曲を作ったときの高ぶり具合とかを思い出すために聴いているっていう感じですね」
 こうして大いなる助走期間を経て、そして結果的に土壇場の集中力を発揮して完成した『レキシチ』。これまでもポップ、ロック、ソウル、ファンクなどのエッセンスを凝縮したサウンド、そして「ビートルズの中でも『The Beatles(通称・ホワイトアルバム)』が好き」という個人的な趣味が色濃く出たややヘンテコな曲(ex.「Takeda’ feat. ニセレキシ」)を世に送り出してきたレキシ。史実をジャンプ台にしてイマジネーションのK点越えを果たすというスタイルは変わらぬものの、あえてこの七枚目で起きた変化があるとすれば「今回は、わりと『歌もの』に寄っていきましたね」と語る。
「いわゆるノリノリで跳ねる感じではなくて、結果的に聴かせるタイプの曲が増えましたね。コロナ禍の影響があるかどうかはわからないけど、メロディアスな曲も自分っちゃあ自分かなって。変化したというよりは本性が出たところもあるのかもしれない」
 その「歌もの」を象徴するようなナンバーが、アルバムに先駆けて「祐実の宮さま」=安達祐実が出演したMVも公開された「マイ草履 feat. にゃん北朝時代」。この「にゃん北朝時代」はカネコアヤノ。加えて「あ、たぎれんたろう」=atagi(Awesome City Club)、「ぼく、獄門くん」=打首獄門同好会がフィーチャーされ、バッキングで参加したメンバーも含めて、性懲りもなく、いや、相変わらず賑やかなレキシネームが並んでいるのは、ファンにとってのお楽しみのひとつだ。
「打首獄門同好会にお願いしようっていうのは決めていたんですけど、カネコアヤノさんとatagiさんのお二人は曲ができかけたところでイメージしました。いつものことなんですけれど、アルバム全体をこうしようっていうことはあまり考えないんです。もともとレキシそのものがコンセプトなんだから、それにアルバム・コンセプトを重ねちゃったら、それ、もう無理でしょ(笑)。ただ、ツアーで7枚目のアルバムにちなんで七不思議を取り上げるっていうのはけっこう前に心に決めていたので、土偶の歌(「縄文ロンリーナイト」)だけは入れようと思ってました」
 今回のリリースは、FC限定盤(CD+DVD+特典アイテム)、完全生産限定盤(CD+DVD)、通常盤(CD+DVD)、通常盤(CD)の通常盤の四形態(DVDにはレコーディング・ドキュメンタリーを収録)。FC限定盤は「秀吉風金文字手書きジャケット」、そして完全生産限定盤は「手書きジャケット」で彩られるのは、もうレキシの吉例。だが墨痕鮮やかに「レキシチ」と書き込むのかと思いきや、公開されたジャケット写真には「レキシ」の文字。
「いや、右下の朱の落款が『チ』でレキシチですから。もうこれを思いついたときにコレだ!と思いましたね。三文字だったら書き慣れているというのもあるけど、ファースト・アルバムとそっくりなんだから、もしかして間違ってファーストを買っちゃって、しょうがないから『レキシチ』も買っていただけるんじゃないかって(笑)」
 セカンド・アルバム『レキツ』のボーナストラックには「歴史と遊ぼう」という曲が収められているが、こういうところが「レキシと遊ぼう」。レキシ・ファンのお心の広さ、懐の深さを感ずるところだ。
 先の話にも出てきた通り、5月スタートの全国ツアー『レキシツアー2022 土偶サスペンス劇場〜消えたレキシ男爵〜』の開催も決定。すでにツアー・メンバーは、どんな衣装で、どんな「劇場」を演じさせられるのか戦々恐々との報もある。「演奏するだけがライブと思うなよー」と言い切るレキシのステージでどんな「土サス」が繰り広げられるのか、まずはこの『レキシチ』の「歌もの」を味わいながら、それでも随所に仕掛けられた「ライブを意識したからくり」も堪能しておきたいというものである。
「ライブってどうやって作ってたんだっけって思っちゃうぐらい久々になりましたが、逆に初心に返ってというか、ゼロから作る気持ちで、みんなと楽しみたいと思ってます」

ギガアイシテル

 アルバムの中では唯一の既発曲(2022年4月20日リリース)ということになりますが、あらためて「レキシを開いてくれた曲」だと思いますね。そもそも「日本史を曲にする」って、冷静に言ったら滅茶苦茶マニアックじゃないですか(笑)。そこで突き詰めちゃうと、どうしても自分だけの世界になりがちなんだけど、こういういい形でのタイアップがあると、そこから外に向かっていって、世の中に「開ける」んだなって。聞いた話だと、運動会で流れたところもあったらしくて、大丈夫かな(笑)。
『映画クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』は、映画としてすごくよかったし、「ラクガキ」っていうキーワードが、レキシ的に鳥獣戯画に結びついて、そこからさらに今聴いてくれる人にも繋がれそうな歌詞になったし、本当にいい流れで生まれた曲です。
 ずっと聴いてくれているファンの中には、「狩りから稲作へ」や「きらきら武士」なんかに、いわゆるレキシの代表曲のイメージがあると思うけど、ある意味で「開けた代表曲」になってくれた気がしますね。

たぶんMaybe明治

 明治です。前から「明治以降の近代史は歌わないんですか」って、言われていたわけですよ。文明開化の歌はありましたけど、ただ、これが難しい。時代が近いだけに楽しいとか嬉しいということ以外の、厳しさや哀しみもわかってしまうじゃないですか。ある意味でファンタジーにできないっていうか。じゃあ、どうしようって、ずっと考えていたんだけど、もしかしてまず「明治」っていうその言葉だけ歌ってみてもいいんじゃない? 明治、めいじ、メイビー、あメイジんぐ……って出てきたところで曲が生まれました(笑)。歌ものが多い中だと、ホーンが入ったり、ダンサブルだったり、ライブを意識している曲のひとつ。
「あ、たぎれんたろう」=atagiさんとは、フェスのバックヤードでご挨拶をさせていただいたりしていたんですが、曲作りの途中でお願いしたいって確信しまして。今までフィーチャリングをお願いしてきた皆さんとは、歌パートを大きく分けることが多かったんですが、今回は「歌い合う」スタイル。深い理由はないんですけど、まあ、僕の歌のチカラがやっと「ここまでやっていい」というところに来られたのかもしれないですね。……って自分で言うと恥ずかしい(笑)。

だって伊達

「だって伊達」っていうフレーズ自体は、かなり前から思いついていたんですよ。最初は「伊達、しょうがない」っていうのがあったんだけど、それは「♪だってしょうがないじゃない」になっちゃうから使いづらいでしょ(笑)。
 聴いてもらえばわかると思いますが、歌っている主人公は豊臣秀吉なんです。秀吉が天下を取ろうとするときに、伊達政宗に挨拶に来いって言っているのになかなか来ない。じゃあ攻め込むか、となったときに切腹も厭わないという覚悟の白装束で現れて許された、というエピソードが元です。全部言っちゃうとつまらないですか(笑)。いずれにしても、このアルバムには秀吉が二曲出てきますね。
 実は、この曲だけ、僕がピアノを弾いてません。ずっと自分で試してみたんだけど、なんか違うなーってなっちゃって、「大岡越前クラゲ」=皆川真人くんに頼んだら、これがもう一発で「これだー」って。パイプの詰まりが抜けて、曲が蘇ったとすら思いました。客観的になることも必要だという教えだと思います。

つれづれ

 このアルバムの中では、ほぼ最後にできた新しい曲です。元々、関所で「YES関所」とか、徒然(つれづれ)で「徒然 It’s too late」とか、断片のフレーズはあったんですね。「イエス・セッショー」は「なごん」(『ムキシ』収録)でも使ってますから、きっと好きなんだと思います。
 でも、それで「関所だから旅、旅は徒然……いや、それは道連れか……」ってドッキングさせて書いている内に、あんまり意味がなくなってきちゃって。そもそも徒然って「暇」とかそういうことだから、やることないっていうのが歌詞にしづらいし。「君が健康でいられたら」っていう部分も、『徒然草』の作者の吉田兼好をどこかに入れておこうとか、その程度で。だいたい「徒然 It’s too late」って何ですか(笑)。
 そうこうしていたら、レコーディングに後半に「いっせいに伊勢に」という言葉が降りてきたんですよ。あ、関所、手形、旅、「君が健康でいられたら」が、お伊勢参りですべて回収できちゃうって。つながったー、やったー。そういう曲です。

縄文ロンリーナイト

 土偶の曲はずっと書きたいと思っていましたし、ツアーのタイトル「土偶サスペンス劇場」を先に思いついていたし、縄文・土偶はどこかに入れていこうと。それで土偶のことばかり考えてみたら「土偶 so good」「土偶 遭遇」っていうフレースが出てきましたね。あ、土偶って土から出てきた瞬間に遭遇してるよねって。
 コロナ禍前ですが、長野県茅野市の尖石縄文考古館に「縄文のビーナス」を見に行っているんですよ。それで思ったのは、土偶って言ってみればフィギュアじゃないですか。しかも女性を象ったりしていて、今のアニメのキャラのフィギュアにも通じてるのかなって。遭遇して恋をしたけれど、そのフィギュア愛って、どこかでロンリー。そんな気持ちがこんなソウル・テイストの曲になりました。
 長いフェイドイン的なイントロで聴こえてくるパーカッションは、縄文の頃の土の匂いがする風景のイメージ。サブスク時代の今って、曲のイントロや間奏のギターソロなんかを極力カットする傾向にあるって聞いたんですね。そういうのが、もういらないってことらしいんだけど、その真逆ですね(笑)。アルバムっていう世界の中で、こういうイントロの遊びとかを入れたいって思うのは、旧世代ってことなんでしょうか。

マイ草履

 先行してミュージック・ビデオも公開したナンバーです。もちろん秀吉(木下藤吉郎)が懐で織田信長の草履を温めたという、かの有名なエピソード。三曲目の「だって伊達」は、その秀吉が歌っていることになっていますが、この「マイ草履」では織田信長が秀吉を思ってみたら、ということでこうなりました。
 歴史っていうのは、すごく長い時間をかけてできているものなんだけど、どのエピソードにも無数の「瞬間」があったわけじゃないですか。たぶん信長が寒い日に草履を履いた瞬間に「あれえ? あったかい? おまえ、やるなー」って思った、その瞬間があったはずじゃないかと。まあ、そこまではよかったんですが、苦労しました。信長目線って難しかった。これは偶然ですけど、コロナ禍で『男はつらいよ』を全部観たほかに、大河ドラマで竹中直人さんが秀吉役を演った『秀吉』も観てたんですよ。間接的にそれも影響しているかもしれないです。
 その曲作りの途中で「にゃん北朝時代」=カネコアヤノさんのイメージが浮かんできて歌っていただきました。彼女の誰も寄せ付けない歌声の素晴らしさに委ねた、このアルバムの中でも「歌」に寄った曲ですね。ストリングスを入れるのも曲作りのときからイメージできてました。実は、レキシの曲で生のストリングスを入れるのは初めてなんです。ハナレグミに曲を書いたときには入れたりしてたんですけど、自分では初めて。歌ものでストリングスっていうことで、結果的に王道感が出ちゃってます。作っている途上ではそこまでは想定してなかったですけどね。
 カネコさんのレキシネームは、素直に「猫好き」「カネコ」というところからネーミングさせていただきました。かわいいでしょ? カネコさんが、そもそもレキシネームに興味があったかどうかは、ちょっと不明です(笑)。

いきなり将軍

 この曲はレキシの初期の頃からあった曲で、ファンクラブのイベントでも披露したりしていたんですね。そこからしばらく寝かせていたわけですけど、その一因は、なんとなく山崎まさよしさんの「セロリ」に似ているから(笑)。でも、考えてみたら、それもいいのではないかと思ったんですよ。堂々と「レキシ版のセロリ」として歌ってみようと。
「君、今日から将軍ね/僕は春から老中/この先よろしく幕府」って、将軍選びがどんだけ軽いんだって話ですけど、将軍家って直系だけじゃなくて、紀州・水戸から選ばれることもあったわけです。さっきの「マイ草履」にもつながるんですけど、教科書に載っているようなエピソードには、必ず「瞬間」があったはずですから、その選ばれちゃった人、選んじゃった人の気持ちを歌ってみてはどうかと。特に特定の人物がいるわけではないんですけど、「その時、歴史が動いた」的な大きな出来事を限りなく爽やかに歌うという「レキシらしさ」でご容赦願えればと思います。
 あ、もしかしたら直系世襲を歌った「KATOKU」に対するアンサーソングなのかもしれない。いま思いつきましたけど(笑)。

Let's FUJIWARA

 藤原氏もなかなか興味深いテーマだと思っていたんですが、アルバムの中に少し明るめの曲が欲しい、というスタッフからのリクエストもありまして(笑)、ここで一気に藤原定家、藤原道長をダンサブルに登場させていただいております。歌詞の中では「権中納言 定家 Yeah!」って定家がフィーチャーされていますけれど、よく聴いていただくと、歌詞の「来ぬ人を 待ちわびて」は定家の「来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや 藻塩の 身もこがれつつ」で、「ダンシング・イン・ザ・ムーンライト」のところは藤原道長の「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」だったり。全部言っちゃうとつまらないですか(笑)。
 そこだけじゃなくて、「権中納言」「貝合わせ」「方違え」とか、「荘園売ってエンディング」「さよならロングロード」とか、それこそレキシ・マニアックなフレーズが入った曲になっているので、ぜひ、これを機会に聴いてくださる皆さんが、藤原氏に興味を持っていただければ幸いでございます。
 藤原氏の運命の切なさは、ちょっとこの時代にもつながります。あとは各自で。

鬼の副長HIZIKATA

 歴史好きの間では王道、みんな大好き新撰組。いつかは歌いたいと思っていた新撰組、中でも土方歳三。ついにレキシ的な曲に仕上がりました。
 この曲は、まず「ぼく、獄門くん」=打首獄門同好会と一緒に作りたいというところから始まってます。 「日本の米は世界一」という曲があるように米つながり、日本つながりとして以前から何か一緒にやりましょうということがあって、今回の土方歳三にまとまっていったという流れなので、とにかく打首獄門同好会ありきの「ライブ向け」のガツンといける曲にしたかった。そう思っていた結果、「土方、ひじかた、肘肩……腰……」という王道感をぶち破る内容となっております。「肘 肩 腰」が続くパートが、歓声を上げられないこのコロナ禍のライブにおいて、どのような役割を果たすのか。お察しの通りです。
 打首獄門同好会とはレコーディングは初めてでしたが、その緻密さに頭が下がりましたね。いわゆるロック系のノリのある、わいわい進みそうなレコーディングをイメージしがちですが、“会長”こと大澤敦史さんの音楽マニアックなこだわりで、実に細かいところまで詰めていくのが凄かった。そんな姿勢、音楽力へのリスペクトを込めたレキシネームは、「大澤局長副長会長」。新撰組的には局長扱い、でも土方は副長、そして獄門の会長ということで全部のせとさせていただきました。小泉今日子さんの「ヤマトナデシコ七変化」の歌詞みたいで気に入ってます。

フェリーチェ・ベアト

 知ってましたか、フェリーチェ・ベアトさん。幕末の日本を訪れ、写真家として幕末から明治の日本を撮影した人物。その頃の日本人や日本の風景を撮った写真は、きっと見たことがあると思います。
 実はこの曲、レキシにしては珍しく曲が先行してあったんですね。僕の場合、この「曲先行で後から詞を書く」というのが苦手なんですね。それでちょっと困っていたときに、たまたま幕末の写真に着色した写真集を見る機会があって、そこでフェリーチェ・ベアトという名前を知ったんですね。写真は知っていたけど、そういう人がいたんだって気づいて。
 それとは別に、よく江戸東京博物館に行くんですけど、あそこに「明治の子供たち」っていう写真が展示されているんですよ。大勢の明治の子供たちがいい顔で笑ってる写真。それはエドワード・モースのコレクションで、フェリーチェ・ベアトさんの写真ではないんだけど、その写真が大好きなんですね。
 この写真が撮られた瞬間に、この中のひょうきんなヤツ……勝手に心の中で「幸吉」って呼んでますけど(笑)……が、きっと面白いことを言って、周りの大人も大笑いしたんじゃないかって想像できるぐらいに「昨日のこと」のような写真。ああ、そうか、この写真にも、フェリーチェ・ベアトさんの写真にもやっぱり「瞬間」があるなあって。そんなことを思っていたら、歌詞ができていました。

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